はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第15章 夢を追いかけて

新聞付録のテキストを見ながら、中に何も入っていないまんじゅう(饅頭=マントウ)づくりに何度も挑戦して失敗しました。料理教室で基礎を学びながらかんたんパンの作り方に出合い、テキスト作成者の常温と云う表現が実際とは異なることを学びました。

1 膨らまないパン

文化祭のPTAバザーで「中学校名が入ったまんじゅう」を購入した。直径が4センチ程のあんまんが二つ入っていて、皮に中学校名の焼き印が押してある、のが市販品との違いという。一箱購入して戻ると、休息のパートさんが質問した。「事務官は、おまんじゅうが好きなんですか」。

好きというほどじゃないよ。清涼飲料水は飲まないし、アルコール飲料はバザーで扱わないでしょう。滅多に食べないけど、まんじゅうは中身より皮の方が好きだね。「どうしてですか。あんが入ってるから美味しいんでしょう」。甘いのは苦手さ。包んでいる皮のふわっとしているところが好きなんだ。「じゅあ、ふわふわの中華まんじゅうはお好きでしょう」。豚まんやあんまんかい。そう云えば中華まんじゅうもしばらく食べていないなあ。

そんな頃、新聞代の集金人が「点心」というB6判の冊子を自宅に置いていった。本場中国瀋陽市で30年以上も点心を作り続けた一級面点師と、特一級厨師に手ほどきをお願いしてまとめたものという。水餃子や焼売、小籠包や麻花(マーファ)などのレシピのなかに、皮だけのまんじゅうが載っていた。

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あんまんや肉まんのように、中にあんが入っているものを「中華まんじゅう」と呼んでいたが、正確にはあんの入ったものを包子(パオズ)、何も入っていないまんじゅうを饅頭(マントウ)と区別するという。

中華まんじゅうの発祥は三世紀の三国時代とされている。当時、風雨や河川の氾濫を鎮めるため、水の神へ人間の頭と牛や羊を備える習慣があったらしい。時の宰相軍使だった諸葛孔明が人身を犠牲にするのはしのびないと、小麦粉を練って豚や牛の肉を包みこれを人間の頭に似せた供え物を考案した。これが包子と饅頭の始まりという伝説がある。中国での饅頭は、ご飯やパンのように主食とされているらしい。

饅頭の魅力に取りつかれた11月初旬の休日。前日からの曇り空で気温は例年よりも低い。午前10時に着手すれば昼食に間に合うと、一級面点師と特一級厨師の手ほどきに従い道具と材料を用意した。

牛乳、溶かしバター、砂糖、塩の中に、ぬるま湯で溶かしておいたドライイーストを加えて、薄力粉の中央に少しずつ注ぎ入れながら太い指でゆっくり混ぜていく。粉と水分がほぼ混ざり合ったら、まな板の上にのせて体重をかけながら生地を練り始める。汗が落ちて塩分が増さないように、手ぬぐいで額に鉢巻きをした。耳たぶくらいの軟らかさになったら常温で20分寝かせると、生地は二倍くらいに膨れ上がる。膨れた生地に体重をかけてガス抜きをし、四等分して丸くかたちを整えてから再び常温で20分間寝かせる。蒸し器の中にさらしを敷き、蒸し上がりりは膨らむので間隔をあけて並べ、20分ほど蒸したらできあがる。

なんの感情も交えず、広げたレシピに従って事務的に作業は進めた。耳たぶくらいの軟らかさになった生地をポリエチレンの袋へ入れ、口を軽く結んでまな板の上に安置する。クッキングタイマーのスイッチを20分に合わせた。

ベルの音に飛んでいくと、生地の大きさに変わりない。注意深く見ると、一割くらいは膨らんでいるようである。曇り空で気温は例年よりも低いため、イースト菌の働きが鈍ったのだろう。この日、小麦粉が固まっただけの硬い饅頭を食した。翌日曜日も気温は上がらない。

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晩酌をしながら天気予報を見ていると、明日の土曜日は時々晴れで気温も少々上がるという。しめたと叫んだら、また、挑戦するんでしょうと妻が笑った。常温で20分寝かせると、生地は三割しか膨れていない。レシピの記述を何度も読み返してみたが、手順や分量に誤りはない。

翌日の気温は低かったが、ベランダから日が差し込んでいる。外気温が低くても日光が差し込む場所の気温は上がる。生地を直射日光に当てれば、温度が上がるからイーストの働きは活発化するだろう。三度目の正直にすべく生地を練り上げたとき、雲は太陽を覆っていた。

週休の二日間は、天気予報と天候の違いに一喜一憂していた。中国人が語った常温は、18から20度くらいかもしれない。気温の上昇こそが成功へのカギと考えたが、気象台は凡人の希望をかなえようとはせず、再三の挑戦は悉く失敗した。どうして膨れないのと心配していた妻は、もうなにも話さなくなっていた。

晴れた土曜日に恵まれても、風が強すぎる日もあった。差し込む日の光に寒暖計を当てていると、イーストは細菌だから紫外線に当たれば死滅することに気づいた。ダンボールの箱に漬物の重しを二つ入れ、生地を安置したら黒のゴミ袋でフタをして縁をホッテキスで留める。ベランダへ出して、アイデアに満足しながらクッキングタイマーをのぞき込んでいた。

生地は大きく膨らんだ。お祭りで見かける綿飴のように、ふんわりと膨らんでいる。表面はまるで赤ちゃんのほっぺたのようだ。ポリエチレンの袋の口を開けて、そっと指を触れた。ガスの抜ける音がして、指穴の周りにしわがより、生地が下に沈んでいった。すっぱい匂いが漂う。発酵のしすぎで、ピザの台にしかならならない。

マンションへ引っ越した年から初詣を始めた神社で、家族に知られないようにさい銭を投げ込んだ。百円は家内安全で、追加した百円は誰もが喜ぶ饅頭造り成就である。挑戦するたびに200グラムの薄力粉が消費され、すべては一人で消化した。

何度も、何度もレシピを読み返して分量や手順を確認した。製造年月日の新しいイーストを入手し、薄力粉も最上級のものを使用した。再三の挑戦にもかかわらず、生地は四割以上に膨らまない。そして、6キロの薄力粉は夢と消えた。

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2 目が睨んでる

膨らまない中華まんじゅうに業を煮やしているころ、娘が嫁いで妻と二人きりの生活に戻った。見物人が減ったので意欲を失ったわけではないが、薄力粉を買いに行く回数が激減した。天候のせいなのか、材料が良すぎたのか、レシピの理解力が乏しいのか、消費税が高すぎるのか、景気が好転しないせいか。はたまた腕が悪いのか、腹立たしい日々の連続に疲れ切ってしまった。

妻は、10年ほど前から水泳教室の常連になっている。水面下へ沈んだら自力では永遠に出てこれない人だったが、背泳やクロールも身に付けたという。きちんと学べばどんな人でも年齢に関係なく上達するらしい。タウンページを見て資料を収集していたが、新聞の広告を見た夜に恐る恐る切り出した

中華まんじゅうさあ、どうして膨らまないのか分かんないし、基礎を学ぶために料理教室へ行きたいと思うんだけど、どうだろう。「いいんじゃない。どこの教室へ行くか決めたの」。この朝刊に出ている広告の教室にしようと思うんだ。財団法人だから講習料は安いし。「月一回の講習で12回で修了するの。ふうーん、15もコースがあるんだ。で、どれにするの」。おそう菜の会の夜のコース。午後の6時半から8時45分迄だし、家庭料理の基礎さえ覚えればいいんだから。「これで心配しなくてもいいわね。私がいつ死んでも困らないから」。よせやい。万一入院することがあっても安心しな。病院の食事が不味けりゃ、なにかつくって持ってくよ。

はなして良かったと祝い酒に酔いしれた次の日、帰宅するとテーブルの上に授業料の振込領収書がおいてあった。

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財団法人ベーターホーム協会。昭和38年に創立以来、一貫して消費者教育と暮らしの調査研究など生活にかかわる分野での活動を続けてきた。活動の主体者は全国800名からなる女性で、生活者としての視点を大切にしながら具体的な実践活動を行っている。六大都市に事務局を置き、全国18ヶ所で料理教室を開設。15コースの料理講習に加え、協会が費用を助成して生活文化助成事業(60歳からの男の基本料理教室や子供たちに教える先生のための講習会など)も開催している。

男性のみのクラスもあるが、勤務の都合で混合でも良いと申し込んでいた。新米なので不快感を与えないように、購入したてのデニムの前掛けと木綿の布巾を鞄へ入れて、徒歩で17分ほどの教室へ向かった。

受付で手続きを済ませ、必需品という三角巾と台拭きを購入し、上着をロッカーへ入れて指定されたテーブルの丸椅子に腰かける。教室内には実習用のシンクとテーブルが9台づつあり、ひとグループ4人とすれば36人学級である。

授業開始時間が迫ると、私の属するグループは4人になったが6人とか7人グループもできていた。30代前半の主婦に、20代前半の看護婦さんとオフイスレデイ。この2人がミス・ベーターホーム札幌教室と呼べる美人である。グループは最高齢者の私を加えた4人が常連となり、時々都合で講習日を変更した女性が加わった。

マネージャーの挨拶に続いて講師と助手が紹介され、献立の材料説明が始まると50代後半と思える男性が走り込んできた。私より髪の毛が多い信用金庫の支店長で、このサッチョン族が最高齢者だった。初日の参加者は43人、うち女性は41名である。

都心ビルの6階。サラリーマン金融会社の自動貸出窓口が並ぶ中に、女性の笑い声があふれている明るい教室。笑顔を絶やさずに熟練した手さばきを見せる講師と助手、ガスの炎の大きさやキセブタの角度を見回ってくれるマネージャー。磨き抜かれたステンレスのシンクは輝き、研ぎ澄まされた包丁は怪我を呼び寄せることもない。

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育ちが違うと感ずる高校生や大学生、卒業したばかりという清楚な娘もいる。20代の独身女性や40代以前の人妻も多い。サッチョン族の姿を見かけなくなり、失楽園の対象を選定しないうちにお父さん御父さんと呼ばれて、全員が家族のように思えてきた。これらの女性がお金を払って調理を学ぶのはなぜなんだろう。

25~6年程前、小学校の先生が嘆いていたのを思い出した。「最近の親はどうなってるんだろう。家庭科の授業でほうれん草のおひたしを教えていたら、素人は包丁を持ってはいけないと云う女の子がいるんだよ」。きちんと研いでない包丁は力を入れすぎるから危険ですよ。「そうじゃないんだ。自宅に包丁はないって云うんだ」。まさか。それじゃ調理はできないでしょ、どうするんですか。「だから、料理はできたものを買ってきて電子レンジで暖めるて食べるのが正しい。食堂やレストランの人達のまねをして包丁を持ってはいけないと主張するのさ」。

料理や調理は母親から受け継がれていくものだと思っていたが、このころから廃れてしまったようだ。グループに秋鯖が配分され、おろし煮と船場汁をつくる献立の日がきた。講師の「魚を三枚におろします。おろし方が分からない人は、示範台のそばへきて近くで見てください。」に促されながら、ぞろぞろと前へ出ていくのを眺めていると周囲にはだれもいなくなった。

三人が戻ってきた。どうだった。包丁の返し方を覚えれば簡単にできるだろう。忘れないうちにやってみるかいと声をかけた。「お父さんやってください。ぬるぬるしてて気持ち悪いんです。私、生のお魚に触ったことないんです。」「わたしも触ったことないわ。それに気味悪いの。睨んでるでしょ、あの目」。

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3 うぐいすもちの熱地獄

救急車で運ばれた血まみれの怪我人や、死にそうな病人を相手にする看護婦さんまでもが尻込みをする。

死んだ魚がうらめしやって睨むかい。家では魚を食べないの。「食べますけど、買ってくるのは切り身でしょう。鯖を一匹まんまで買うことなんてないもの」。秋刀魚や鰯は調理しないの。「丸ごと焼いて食べるときに頭とハラワタを取ってます。えっ、違うんですか」。

調理だよ、調理。煮るとか叩くとか、手を加える方法があんだろ。通りがかったマネージャーが質問した。「どうですか、決まりましたか」。鯖のご遺体はわたしが丁重に処理します。「山崎さん。やめてくださいよそんな表現わ」。

午後6時半に始まる調理実習は、常に終了時間を50分ほどオーバーした。月に一度であっても3時間ものあいだ年齢を超えて協力しあえる仲間達と、熱中できる盛り沢山の献立に加えて分かりやすい指導がうれしい。中華まんじゅうをしばらく棚上げにして、調理の基礎技術習得にのめり込んでいた。素材は扱ったことがあるものばかりだが、組み合わせやちょっとした工夫で意外な味を発見する。

キャベツ4枚の芯の厚みをそぎ取り、ラップをして電子レンジで2~3分加熱する。これを広げて青しその葉5枚を並べた上にしらす干しをおいて手前からきっちりと巻く。これを4本作り、3センチ程の長さに切りそろえ巻き込んだ面が見えるように盛りつける。簡単にできるしらすのキャベツ巻きは淡泊でおいしい。

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ブロコッリーを小房に分け、残った中央の太い茎は皮をそぎ落として薄い短冊に切る。熱湯で2~3分湯がいてザルに取り、手早く団扇であおいで冷ます。あら熱が取れたら器に入れてラップをかけ、冷蔵庫で冷やしておく。食べるときに、醤油小さじ2に対して、練り辛子小さじ1とだし大サジ1の割合であえる。

野菜をゆでるときは、湯に塩を入れれば色がきれいに仕上がると云われる。効果があるのは湯の2%以上の塩を入れたときだが、塩味がついて料理の素材には使えず塩分の取り過ぎにもなるので御奨めはできない。葉物以外は水につけず、手早くザルに広げて団扇であおぐ。水を使わないと素材のうま味は逃げず、驚くほどの甘味を感ずる。かくしてブロコッリーの辛子醤油あえで、茎の部分は絶賛できる逸品となる。

時の経つのと髪の毛の減り方は早い。調理後の試食時間に30代前半らしい主婦が提案した。和食の基礎を学んだら更にいちランク上の講習も受けてみたい。できれば、みんなと一緒に学べたらうれしいわ。毎日のおそう菜としてすぐに役立つ和風料理を53品実習して修了証書をいただくと、転勤のために1人欠けた仲良し3人組は次のコースへ進学した。おもてなしや季節の行事にも使える旬の素材を生かした料理と、作れないと思い込んでいた豪華な料理の連続に3人の連携は益々さえて先生方の指導も楽になった。

干し椎茸、かんぴょう、人参、金糸卵、れんこん、筍、蒸しあなご、たこ、えび、いくらなどを飾った華やかな祭りずし。白身魚やほたてと木の芽、スモークサーモンとレモンの皮、えびとグリンピースなどを組み合わせる手まりずし。はんぺんを加えた薄焼き卵でつくる茶巾ずしやふくさずしも実習した。

血合をとって塩をふり、金串を末広に打って直火で焼いたカツオのたたきは、薬味で下味をつけるとスーパーマケットで買い求めたものと比較にならなかった。

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30センチもある真鯛をつかった白身魚の酒蒸しの日。「わたしうろこを落としてみていいかしら。初めてなのでお父さん教えてください」。魚の目がにらんでいるといった看護婦さんが生魚にさわる決断をした。シンクの中に新聞紙を敷いて鯛を乗せ、三分の一ほど向かい側から手の甲に紙がかかるようにしてうろこ落とす。こうすればうろこが飛び散らないだろう。やってごらん。「本当だわ。あら、おもしろい。とれる、取れる。全部落としてもいいかしら」。

調理の楽しさにひったって、作ってみたいと購入した料理の本は16冊にものぼり、なかには和菓子の本も含まれていた。

3月の中旬が過ぎ、サッポロファクトリーの記念式典へ生徒も先生も参加して、入学試験の結果に一息ついた学年が留守番に残った日。いつも御世話になっているので、昼は学年で弁当を取りますから食べてくださいといってきた。いただき物にはお返しをと、初めてつくった和菓子はすはま団子。青きな粉と砂糖が原料で、加熱しないから事務室内でも作れる。ホワイトデーのお返しに居酒屋へ持っていくと驚かれた。

すっかりその気になって週休日はうぐいすもちに挑戦した。白玉粉を練って電子レンジで加熱し、取り出してトレーに広げ、熱いうちにアンを包むのがコツと本にかいてある。八等分しようと持ち上げると半透明状態の白玉粉は両手の指を包むように張り付いた。なんだこれはと思った途端、骨まで溶けるような熱さが襲ってくる。はじかれたように水がはってあるボールの中へ手を入れると、うぐいすもちの材料がひとつ残らずついてきた。

熱さと勿体なさに涙しながら4回目で和菓子らしく仕上げたが、桜餅に関東風と関西風があることを知ったのもこのころ。さまざまな和菓子に挑戦してみたが、試作品をすべて食べなければならないのが苦痛。アンコはしばらく見たくない。

仲間からついに電話がきた。「山崎さん、忘年会やります。できれば、料理を何品かお願いしたいんですけど。」

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4 テレビ番組のおかげ

いつさ、どこで忘年会をやるの。「ご用納めの日ですよ。このあいだ行ったスナックで6時から例のメンバーです。ママには4千円会費でオーケーもらってます」。発表の場ができたのはうれしいけど、料理に希望はあるの。「すべて、おまかせします」。

引き受けてみたものの疑問が一気に吹き出した。4千円会費でどんなつまみがでるのだろう。同じものを作ったらヒンシュクを買うどころでない。厨房は使わせてもらえるか、食器は同じものがそろうか。材料費は一人いくらかけ、何を作れば喜ばれるだろう。

料理教室のメンバーに相談した。「やはり豚の角煮じゃない。あれは本当に美味しかったわ。」「角煮は絶対にお奨めね。家で喜ばれたから3回も作ったわ。お父さんは何品位作られるんですか」。3品はいるだろうな。「スナックに調理できる所あるんですか。暖めるぐらいしかできないんじゃない。」「じゃあ、お漬物なんかもあったほうがいいわ。でも、私たち食べられないのが残念よねえ」。

メイン料理を豚の角煮にしようとスナックへ下見に行くと、笑顔がかわいいママが驚いた。「忘年会のお話聞いてますよ。おなかすくでしょうからお寿司を作ろうかと思って。お料理を持ち込むって云ってましたが、ええっ、ここで作るんですか。厨房には、小さな流しとガス台しかないわよ。食器はこんなものでもいいの」。

洋酒の棚の下をあけると、スナックらしからぬ和食器が並び取り皿や中皿もある。厨房は狭すぎて盛りつけの空間はなく、アルミニュウムの鍋が一個で行平鍋やフライパンもない。やはり、暖めればいいもの以外は無理なようだ。

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スーパーマーケットへ食材を買いに行くと、占冠(シムカップ、日本最低気温を記録した地)産という山菜の前でおばちゃんが試食を奨める。わらびをつまんでみた。竹の子とふきも食べてみた。これ、うまいわ。どうやったの。「みそに一晩漬けたんですよ」。酒と砂糖に、かつおだしか。「あれ、旦那さん分かるの。」

自宅で漬けてみるとみその量が難しい。ふんわりとした味噌のうつり香の付け方を聞こうと訪ねたら、占冠の山菜は昨日で終わりましたと答えるのは憎っくき案内嬢。でも、どうにかご用納めの朝には間に合った。

事務室は前日までに仕事も清掃も終わらせている。昼休みに近くのデパートで材料を仕入れ、午後は教頭しかいないことを確認した。まず換気扇をフル回転させて、良質のかつお節で命となるダシを取る。(以下、分量は四人前で記載)

こんにゃく一枚の表面に細かい切目を入れ、2cm角に切ってゆでる。鍋に油を熱し、こんにゃくの水分を飛ばすつもりでよく炒める。大さじにだし3杯、酒2杯、醤油1杯半を加えて炒りつけ、七味唐辛子をふりかけて混ぜ合わせるとこんにゃくのいり煮が完成。

豚ばら肉600gを4~5cm角に切って鍋に入れ、水カップ3とおから150gを加え、落とし蓋をして20分煮る。肉を取り出してお湯でおからを二度洗い流す。長ネギは4cm長の千切りにして水にさらし、芯はとっておく。肉を鍋に入れ、生姜の薄切り、ネギの芯、砂糖大さじ3、醤油カップ3分の1、酒カップ2分の1、水カップ1を加え、落とし蓋をして弱火で煮汁が少なくなるまで煮続ける。肉を器に盛りつけてせん切りのネギを散らし、辛子をそえる。

余談になるが、ラフティという沖縄風豚の角煮もおいしい。特に油の部分の食感が好きである。

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昆布を長さ4cmに5枚切り、カップ3の水につけておく。豚のばら肉500gを6~7cm角に切り、水3カップに焼酎大さじ3を加えて鍋を火にかける。沸騰したらアクを取って弱火にし、ふたをして約1時間ほどゆでる。肉が柔らかくなったら取り出し、湯を捨てて鍋を洗う。鍋に肉、薄切りした生姜、昆布と昆布をつけていたカップ3の水、醤油カップ1、削りカツオ5gに砂糖大さじ3、醤油大さじ2を加えて煮立てる。弱火にし、ふたをして約1時間煮る。煮汁が少し残るぐらいで火を止め、器に持ったら好みで辛子をそえる。

山菜の漬物3種にこんにゃくのいり煮、メイン料理となる豚の角煮を樹脂のケースに詰め込むと丁度よい時間。ビルの入口でスナックを紹介した仲間と出会い、ドアをノックするとママが笑顔で出迎えたが少々苛々している。生寿司のネタを頼んだのにまだ届かないという。

厨房をお借りしてアルミニュウムの鍋にお湯を沸かす。中皿に山菜の漬け物を盛りつけて、こんにゃくのいり煮には一切れ毎に七味唐辛子を乗せていった。豚の角煮を湯煎して小鉢へ盛りつけ、白髪ネギを散らして辛子を添えた。

宴会が始まると、「こないだのテレビでさあ、オリーブオイルが体にいいって云ってたの見たかい。」「みた見た。血をきれいにする働きがあるんだって。すごいよねえ。山崎さんは見ましたか」。みたよ。こんにゃくの味、ちょっとくせがあるだろう。そのオリーブオイルで炒めてみたんだ。「どれどれ。やっぱり体にいいこと考えてるんだ」。

宴の半ばを過ぎて4分の3も残っていた料理は、テレビ番組のおかげで売り切れた。事務室にサラダ油は置いてないがスパゲッティにオリーブオイルは必需品。しまった、炒め油を買ってくるのを忘れた。しかたがない、というのが真相。

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5 かんたんパン

料理教室は6ヶ月毎に生徒が増減する。4月に新しい会員が入ってくるので期待していたが、男性の顔を見掛けることはできなかった。「4月そして5月と新しい会員さんが加わって、みなさんと共にかあさんの味の会を勉強することになりました。かあさんの味の会は10月で終了することになりましたので今日入られた方々は10月迄の半年間、4月に入会された方と昨年より学ばれているみなさん方は9月迄となります」。ええ、かあさんの味の会はなくなっちゃうんですか。「残念ですけど、そうなります」。

私達が正規のコース最後の修了生。ジッコと陰口をきかれても不思議でない年代でありながら、かあさんの味の会へ入会したことが終了の原因となったのか。じいさんの味の会ができる望みはまったくない。

ベターホームの料理教室は単に料理の技術を教えるだけでなく、材料の選び方、保存の方法、栄養、料理道具、後片付けの方法、ごみの捨て方など、料理を学びながら食生活全般を身に付けるのが目的とされている。調理道具や食品は料理教室の先生であるリーダー会員(家へ帰れば家庭の主婦)が、栄養、調理、食品などの勉強を続けながら研究開発したもので、忙しいけど手を抜かない生活を送るために、使いやすく便利なものを考えている。

きちんとした指導のもとでさまざまな料理を実習すると、常識として文章化されていなかったことが身に付いてきた。前号で紹介した豚の角煮。豚のばら肉をおからと共に茹でるのは、おからが脂を吸い取るので余分な脂肪を取り除くことができるという理由。

料理の本には、肉を取り出しておからを洗い流すとある。常識として文章化されないのは液体となった脂肪分を洗い流すのはお湯であり、水を使ったら逆の結果になるということ。おからの代りに米のとぎ汁の濃いものを使っても、かなり脂を取り除くことができるという。

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調理実習の合間に10分ほどの休憩がある。この時間を利用して紹介されたのがベターホーム式かんたんパン。製法が特許出願中の手作りパンのため、詳細を知りたい方は有名書店やベターホームの支部でテキストを購入願いたい。

厚手のポリ袋を1枚用意する。この中へ計った強力粉などの材料を入れてこね、イーストを醗酵させてから生地を分割し、布巾をかけて更に醗酵させる。あとはオーブンへ入れるだけ。

パンを作ろうと意気込むほど大げさな支度はいらず、使う道具もわずかで後片付けも簡単。やがて、独特の香りを放ちながらオーブンから出てくると、どうしてこんなに、ふっくらとした美味しいパンが、簡単にと驚かざるを得ないという。

料理教室に通っていることだしと380円のテキストを買って半信半疑で作ってみた。材料を順にポリ袋の中へ入れ、混ぜるのもこねるときも手が汚れない。コーヒーを飲みながらパン生地をこねることができるように考えられている。一次発酵と二次発酵もポリ袋の中ででき4個の塊をつくった。

チィンという音にオーブンからだして見ると、テキストの写真とは似ても似付かぬ姿である。表面は粉が乾燥したように白っぽくなり口へ入れた途端吐き出した。表面以外はまるで生。味わうどころではない。

テキストを読み返えすと常識として文章化されていない部分に気がついた。「210度の温度になったオーブンに入れ」と書いてあるのは、「パン生地を入れて、オーブンのフタを閉めるときには210度の温度」という意味である。フタを開けてモタモタしているから内部の温度は下がってしまう。40度高めにしてからフタを開けると、閉めるときには適温になった。

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二度目は写真と同様の焼き色がついている。金網の上に並べてあら熱を取り、余分な水蒸気を飛ばすと表面はカリッとなった。さわると薄いこげ茶の皮がパりッと音を立ててはがれ、これがカリカリして実に香ばしい。2つに割ってみると内部はグチャッとして食べれそうもない。

テキストに「よくこねます。立って上から押すようにするとうまく力が入ります」と書いてあるのを、女性がこねるならこんな程度と手抜きした結果であった。

何事も三度目。常識を噛みしめながら基本を忠実に守って力いっぱいこねたとき、パンの味と色は市販品に勝るとも劣らなくなった。何度つくっても同じ出来栄えである。

席に着くと教室のマネージャーが話しかけてきた。「かんたんパンはどうでした。作ってみましたか」。ええ。本当にできるんですね。手を汚さずにすむなんて驚きましたよ。「ふっわと膨らんだのをみたときは感激するでしょう。それに、焼き立てのパンはとってもおいしいですよねえ」。焼き立てもいいですが、よくこねると翌日食べてもおいしいですよ。わたしはそのほうが好きです。

中学時代は見渡すかぎりの水田に囲まれ、7割以上の同窓生が家業を継いでいた。同窓生の働く姿を思うとき、最低二食は米の飯がなければ申し訳ないような気がする。めったに購入しないが、一時はバタールに凝ったこともあるからパンが嫌いではないが、自分の主食としての位置を認めないだけ。

そんな信念でも、道内旅行のバスガイドさんに叱られたことがある。「みなさんはなんというお米を食べていますか。あら、アキタコマチが半数でササニシキにコシヒカリですか。北海道でつくっているきらら397はどうするんですか。道民のみなさんが食べなくて、だれが食べるんですか」。

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6 つくる喜びと食べる幸せ

課題の解決は目前に迫った。中華まんじゅうに挑戦して失敗し続けたときは18度から20度がベターと信じ込んでいた。パン作りを経験すると、イースト菌が活発に活動するのは30度から35度が最適と学んだ。

迎えた週末の朝。着替えをしようとした妻が動けないと訴える。腰に激痛が走るとしゃがみ込んだままである。時間をかけて車で病院へ連れていくとCRT撮影に2時間も待たされ、やっと呼ばれて車椅子を医師のそばまで押していく。診察室を出ようとするとレントゲンフィルムを見つめたままの医師が声をかけた。「説明しますから、ご家族の方も立ち会ってください」。血液が逆流する。

背骨を真二つにして撮影したような鮮明な写真に驚いたのも一瞬である。医師の指先をたどると尾てい骨のそば、椎間板の最終部が飛び出して神経に接触している。夫婦二人の生活であることを確かめると、「6人部屋の窓側が開いていますか早いほうがいいでしょう、そのまま入院してください。足に重りを付けたままで一週間様子をみ、変化がないようなら手術しましょう」。

今夜から独り暮らしである。毎日とは言わないが、事務室の清掃や受付窓のカーテンも洗濯していた。アイロンだって我が家の廃棄物を利用していたから、ワイシャツぐらいはなんとかなる。しかも、おじさんの後半になると、給食の献立は油濃くて味覚に合わなくなり、机に向かったままだからカロリーは高すぎる。中学校へ転勤してから昼食は自炊していた。掃除洗濯炊事はなんとかこなせるが、こんな時のために料理教室へ通ったわけではない。

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男が家庭で料理に手をだすと嫌われる。多くの原因は、後片付けの放棄と材料の無駄遣いである。始末に終えないのは酒飲みの知識である。料理人に質問することもあって理に叶っているのだが、それだけしか覚えてこないから無駄ができる。

おでんに入れる大根を例にとると、頭のほうは煮くずれしやすく尻尾のほうは辛味があるから、プロは真ん中の部分しか使わない。面取りをしてから堅めに茹で、流水で2時間ほどさらしてから柔らかくなるまで下煮する。こんな手間と時間をかけるのも、大根から出るあくはおでんの汁の味を損ねてしまうからである。

うろ覚えで大根の真ん中だけを使って上下を捨てるから、満足に稼ぎもせずに何するのと主婦に張り倒されることになる。しかも、調味料の容器は出しっぱなし、使った道具は洗いもせずにそのまんまで食器を片づける意志もない。料理のプロになる人たちは皿洗いからはじまる。道具や鍋の洗い方を学んでから素材に触れることを許される。

油で汚れた食器は紙でふき取ってから洗う知識もない男性は、料理に手を出すべきではない。材料の適材適所と後片付けの手順を知らないうちは手をださず、出されたものをほめちぎるのが無難といえよう。

鬼のいない間に洗濯という言葉にしたがい、まずは豆腐を作ることにした。大豆を一晩水につけてから生呉(なまご)を作ろうとすると、ミキサーやすり鉢のありかが分からない。やっと見つけて生呉を煮ようとすると、深鍋が行方不明である。あちらこちらのダンボール箱を開いて探し当てると、今度は木べらが見当たらない。数カ月前に買った豆腐の水切り用木枠とサラシは座敷の棚で眠っていた。

どうにか出来上がった4丁の豆腐。大豆の風味が口いっぱいに広がり、市販品とは比較にならない。卯の花の味付けが終わると、見舞いに持っていく中華まんじゅうの制作に没頭した。薄力粉はこねすぎるとふくらまず、イースト菌の管理は温度計を用意して慎重を期した。東の空は白々と開け始めている。

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子どもたちに教える先生のための講習会がベターホーム協会の生活文化助成事業として始まった。ポリ袋一枚で、おいしいパンをつくる画期的な方法がベターホーム式かんたんパン。子どもから大人まで誰でも楽しくつくれ、子どもの食教育にピッタリの題材です。先生方にかんたんパンの技術を身につけていただき、子どもたちの食教育をサポートします。

保育園から大学の先生まではもちろん、学童保育や子供クラブなどの指導員を対象に全国18カ所の教室で春休みと夏休みのクラスが開講される。食教育の技術を教育関係者に取得いただくため、会費は無料で材料費などの全額をベターホーム協会が助成している。

子どもの頃、フキや竹の子、ワラビやキノコを探し回り、ブドウやコクワ、栗やクルミを拾い集めていた。うどんやそば粉をこねるのを手伝ったり、つららが下がるころには馬鈴薯をすりおろして澱粉を作っていた。家族で喜びを分かち合うために飼育していた鶏を犠牲にしたこともある。他の命によって、自らの命が支えられると教えられたのもこの頃だった。家族は共通の話題を持ち食卓は笑顔で包まれていた。

時代が違っても、家族共通の話題は命をはぐくむ食を中心にすべきだろう。外食やインスタント食品に頼りきらず、つくる喜びと食べる幸せを実感しながら子どもたちと共に命の尊さを学ぶことも大切である。親子の笑い声が満ちあふれた家庭から、ナイフを持つことやいじめの考えは生まれない。

かんたんパンをつくる技術は親子の対話を促すだけなく、閉ざした子どもの心を開けるカギにもなる。2月と7月に受付が始まるので体験されることをお勧めしたい。身に付けたパンの技術は子どもの心に慈しみの炎をともすだろう。

ベターホームのテキストには、「手を使うと、知恵や工夫が生まれます。手を使って何かを作るって、とてもすてきなことです。」と結ばれている。

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