はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第5章 糖尿病の恐怖

糖尿病の恐ろしさを知ってもらうために、月刊誌「学校事務1997年7~8月に連載された「君のエールを心の糧に」を若干加筆修正して転載しました。生活習慣に注意していれば、悲しい結果を迎えることはなかったとの教訓を彼は告げています。

1 暖かい仲間

1996年7月19日のことです。午後6時ころから集まり始めた仲間たちは、並べられた料理を見つめながら主賓の訪れを待っていました。

「山本さん、このお店に来たことあるんですか」。「おれに聞いてもわかんないよ。発起人代表でも初めて来たんだよ。会場はNくんが手配してくれたのさ」。「そうでしょ。いくら好きでも、真駒内まできて飲んでるはずがないと思ったわ。Nさんなら近所の学校ですし」。「山本さんは大丈夫だよ。奥さんが知っている店だし、車で送ってくれることになっているから」。

久しぶりの集いに近況を語り合いながら、宴会の練習と称してかるく飲み始めております。時間制限がない飲み放題と申しましても、主賓がいないと盛り上がらず、出入口で音がするたびに雑談はとぎれます。ふすまを開放したので座敷へ差し込んでおりました光がかげると、杖で前方をさぐりながらすり足であらわれたのが待ち人。いよいよ、山本さんを励ます会の開宴です。

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2 噂通りの電話

山本さんは昭和18年に医師の三男として生を受けられました。大学時代は美術部と自動車部に席をおき、わたしは文化協議会に所属していたので活躍される姿を垣間見ています。経理事務の説明会で同じ職業を選んだことに気づきましたが、勤務する区が異なることから同席する機会はありません。その後、弱視になられたうわさを耳にし、研究大会への来賓を玄関で迎えたときに奥さんの車で到着した姿をみかけました。

「先輩は山本さんから電話をもらったことがありますか。」「いや、どうして。」「長過ぎるんです。若い人は途中で切ることができずに付き合いますから、仕事が遅れて困っているんです。先輩のいうことなら効きますから注意してもらえませんか。」「長過ぎるたって、10分も15分もはなしているわけじゃないだろ。」「そんならいいんですけど一時間はざらなんです。」「ええっ、それじゃ公務執行妨害だわ」。

うわさどおりの電話がきたのは数日後のこと。先輩、少しはなしていいですか、聞いてもらえますかとの前置きに続いて、校長が経理担当者であるぼくを通さずに備品を納品させた。教頭が給与関係の文書をしまいこんでだまっている。先生方がひそひそばなしをしすぎる。職場は僕を阻害している。延々と一方的に訴え続け、考え過ぎだとさとしても納得しません。

山本、神経科へ入ってこい。「先輩、ぼく精神病じゃないですよ。狂ってなんかいません」。だれが精神病といった。過労でまいっているようだから神経科で診察してもらえ。ほっといて心身症にでもなったらどうする。「ぼく、心身症になるんですか。精神病になるですか、先輩」。まず、神経科へいってこい。おまえに何かあったら子どもや奥さんはどうなるんだ。しっかりすれ。

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3 最悪な病の放置

長電話が続いているとのうわさに、取引業者の車にのせていただいて勤務先を訪問しました。椅子から立ち上がって近寄ろうとするさいに事務机の角へ身体をぶつけます。静かなところではなしたいと廊下から会議室内へ入ろうとして扉に頭をぶつけます。プロレスラーのようにひたいは生傷だらけです。

分厚いレンズを使えばどうにか文字が見える状態を確認し、障害共済年金の資格認定が可能か掛かり付けの眼科医師に面談を申し込みました。「視力が落ちるのは止められず、完全失明は時間の問題です。まもなく人の輪郭も判別できなくなります。仕事から解放して、精神的に安定した生活が長生きには必要です。」との助言をいただきました。

わたくしなども自覚症状に気づいていながら病院を嫌います。医者の子も、医師が好きとは限りません。山本さんの視力減退は、糖尿病がしだいに悪化して合併症が現れるまで放置していた結果でした。

そして、見えているようによそおうから、ちょっとしたことで摩擦が生じます。見えないことが原因で猜疑心が強くなります。疑心暗鬼の状態が続きますと、それが態度にあらわれます。被害者意識が困じて、加害者に囲まれているような錯覚に陥ります。眠れなくなって疲労が蓄積します。この悪循環が何度も繰り返されて心身共に衰弱がはじまりました。心が破滅するまえに、輪廻を止めなければなりません。

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4 精神的に安定を

文字が読み取れるように回復すればいつでも仕事に戻れます。心身を休養させるために長期有給欠勤、その後は休職という救済制度も用意されています。山本さんと奥さんを説得して同意書に印鑑をいただきました。長期の有給欠勤に入ると、職を失うのではという怖感が心に重くのしかかってきましたす。あり地獄に落とされ、はい上がれないような焦燥にかられたようでした。

「有給欠勤期間満了が近づいて退職が目前になったので、山本さんすっかり落ち込んでいますよ。でも、いまはそっとしておいたほうがいいと思います。先輩が休職を勧めたんですから、暖かくなったら彼を励ます会の発起人代表をやってください。参加者はぼくが集めますから。」というNくんの発案に、わたしも救われる思いでおりました。そしてついに光の濃淡を感じるだけになった山本さんは、1996年2月末日付けをもって勧奨により退職されたのです。

マイペースの生活は心にゆとりを取り戻させました。柔和な表情と思いやりに満ちた言葉使い。励ます方が病的な顔をしていると苦笑しながらお開きの時間を迎えますと、二次会はカラオケに行こうと山本さんが誘います。乾杯のまえに立ち上がると、両足を開いて腰を少し落としました。右手に続いて左手を横へ流れるように開きながら、励まされる方が励ますために集まった人々へ声をはりあげて心をこめたエールを贈ったのです。

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5 五日後の悪夢

その年の7月23日午後3時頃、夏季休業中に物置内で書戸棚の配置替えをして書庫の活用を試行錯誤していると、電話がきているとの連絡を受けました。

はい、山崎です。「先生~。」山本さんの奥さんです。「せんせ~。山本を、山本を助けてえ」。どうした、なにがあった。奥さんの声はとぎれがちで、しゃくり泣く声が受話器に伝わってきます。しっかりすれ、いまどこにいるんだ。「札幌医大の集中治療室」。わかった、すぐ行く。気をしっかりもてよ。

事情が分からぬまま年休をいただいてタクシーで駆け付けますと、目を真っ赤に充血させた奥さんが急かせます。背広を白衣に着替え、帽子とマスクをつけて集中治療室へ入ります。ブラウン管の中で青白い波形が一定の間隔で振幅を繰り返しているのが目に入ります。口をおおう人工呼吸器から延びた管と、点滴の管が鼓動しているかのように動いています。

身体に張り付けられた無数の電極から延びるコードが、様々な電子機器へつながれていました。仰向けに寝ている山本さんの顔をのぞき込むと、堅いものに激突したのでしょうか、左額からこめかみにかけて大きく腫れ上がり周囲はどす黒く充血していたのです。

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6 喜びは奈落の底へ

「199日の夜、帰宅した山本はみんなに会えて楽しかったと満面に笑を浮かべていました。ここ何年も見たことがないほどうれしそうな表情でした。布団へ入ってからもこんな話をしたんだよ。カラオケでみんな楽しく歌ってくれたよと、なかなか寝付けないようすでした。

翌朝は6時ころ起きたようです。日課にしていた庭のトマトへ水を与えたあと、杖とオカリナを持って近くの小学校へ散歩に出たと思います。その日は帰ってこなかったので、知り合いの先生のお宅にお邪魔しているのだろうと思ってました。翌日は朝から息子が参加する行事のため出掛け、3時過ぎに帰宅しましたが山本は戻ってません。心当たりへ電話してみましたが分りませんので、心配になり捜索願をだしました。

22日に派出所から「土曜日の朝、小学校の近くの路上で頭が痛いとしゃがみ込んでいる男がいた。近所の人が救急車を呼んでくれたが、救急隊員に氏名を告げぬまま意識を失い身元を確認できるようなものを持っていない。札幌医大へ運ばれたので、一応確認してみては。」との連絡がありました。

ポケットにオカリナが入っていたというので集中治療室を訪ねますと、ベットにいたのは山本でした。意識はありません。お医者さんはここ2~3日がヤマと云います」。翌日危篤との電話を受けて集中治療室を訪ねますと、山本さんはすでに地下の霊安室へ移されていました。

山本さんを励ます会を主催したのは金曜日の夜。退職後の新しい人生を力強く生きてほしいとの願いをこめ、親しい仲間が励ますために集まりました。励まされる山本さんが励ますために集まった人々へ心をこめたエールを贈り、川の流れのようにを熱唱されてから8時間後の朝でした。おそらく小型トラックのサイドミラーに右前頭部を強打される事故に遭遇し、意識を失って3日後の7月23日午後0時30分に急性硬膜下血腫で帰らぬ人となったのです。

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7 そう信じよう

霊安室で山本さんと対面しました。山本、おれはお前とのお別れ会などをやる気なんかなかったぞ。長生きをしてほしいと願ったから、長期欠勤も休職も退職も勧めた。励ます会をやらなければこんなことにならなかった。カラオケなんかやらずに帰えせばよかったかもしれん。10時過ぎに帰宅させたのが翌日まで疲れを残し、それが原因で車に気づくのが遅れたのか。

山本さんとご家族のために良かれとしたことですが、結果的には命を縮めて苦しみを増やしてしまっようです。偶然の出来事とは云え、心の中に重くのしかかるものがありました。焼香を終えて振り返りますと、奥さんの目から涙が消えていました。

「山本は喜んでいました。金曜日の夜帰って来たとき、あれほど喜んだ顔をみたことはないと息子も言ってました。死ぬ前に、お父さんは楽しめたから良かったと思おうって約束しました。いまの山本の顔は安らぎに満ちています。病気が治らなくってかわいそうですけど」。あの世へいったら病気は治るよ。「本当ですか。」うん。病気はこの世のことさ。あの世では完全に治って、あなた方を見守ってくれるよ。

20世紀最大の奇跡の人と称されるエドガー・ケイシーは、人々がまだ知らない空間に宇宙の起源から未来に至るまでのあらゆるものが記録されている場所があると言い残しました。そこには人間一人ひとりの行いから、宇宙の運行に至るまでの膨大な記録が保管されているそうです。過去から現在未来にまで至るすべての記録を「アカシックレコード」といいます。その記録の中に、病は完治しなければならないとの記述がある、はずなのです。

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8 失敗を教訓に

奥さんは言葉を続けました。「先週の月曜日に山本が変なことを言ったんですよ。「もしぼくになにかあったら葬儀委員長は先輩に頼んでくれ。」って。なに馬鹿なことを言ってるの。退職して元気にならなければ叱られるわ。そんなお願いしたら迷惑するでしょていったんですけど、真剣な顔して言うんです。「あの人以外いないからって」。

「山本のお願いですから、先生、葬儀委員長を引き受けて」。えっ。町内会長さんか退職した学校の校長先生のほうがいいんじゃない。「いいえ、だめです。だって、山本が言い残していったんですから」。

翌日、悲痛な便りが励ます会への参加者を襲いました。偶然の重なりでしかないのですが、だれもが、あの日はお別れするために集められたという錯覚にとらわれました。いまも山本さんのエールが聞こえます、ぼくのようになるなよと。

山本くんと出会って糖尿病の恐ろしさを知りました。体に不調を感じたら医師の診察を受け、疑問を持ったら精密検査を受けるべきです。山本君と別れてから生活習慣を正し、「ぼくが失敗した教訓を生かせないの。」と笑われないよう、糖尿病をはじめ病を回避する努力を続けています。

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