はげちゃんの世界

人々の役に立とうと夢をいだき、夢を追いかけてきた日々

第1章 町内会活動への参加

建物が35棟で公園がある一丁角の町内会にマンションが建築されて入居しました。マンション管理組合の初代理事長として町内会の出会いは広報紙の配付依頼と町内会費の督促でした。マンション住人は協力しないと云われるのを嫌い役員を引き受けました。

1 町内会との出会い

1-1 マンション建築

1989年の夏、当時の町内会長宅北側にあった個人住宅の住人が引っ越し、その北隣にあったキリスト教会も引っ越して住む人がいなくなりました。教会の西側にあった倉庫から資材が運び出されると、建物の解体工事が始まり951.98平方メートルの全体が更地となって柵で囲まれました。

建築計画の立て札に「六階建て1棟21戸の分譲マンション」と表示され、入居予定は1992年4月とあります。町内会の三役は、できればマンションの全戸が町内会へ加入してほしいとの願いを抱きました。とは言え町内会への加入は任意であり、マンションの玄関が最近流行のオートロックになれば戸別訪問で加入を働きかけることは不可能です

年が明けて町内新年会の参加者より、4月から始まるマンション建築工事に関する要望がでました。大型車両や歩行者などの誘導員を配置させてほしい、工事車両は一方通行にすべきだろう、作業員の路上駐車は禁止して駐車場を確保させるべき、振動や騒音は最小限に抑え18時以降は工事を禁止すべき、電波障害が出た場合は建築主の費用で改善させるべき等々の要望です。マンション入居者に町内会への加入働きかけをどのようにすべきか、結論が出ないまま会長と副会長に一任されました。

新年会の翌日、町内会長と副会長は工事にかかわる問題点を精査しました。マンション使用細則などで暴力団等の構成員を入居させないこと、ごみの処理については清掃事務所と協議すること、入居者への重要事項説明書で「本マンションに入居される方は町内会に加入することになります。会費は月額300円になります。」との文章を挿入することなどが必要と感じられました

これらを整理して文章化し、町内会長は建築主と工事施工者合同の話し合いを持ちました。持ち帰った内容に若干の修正が加えられて合意が成立し、架設工事が始まる10日前の1991年4月5日に三者は「協定書」に押印しました。

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1-2 バブル経済の倒壊

1991年4月15日から架設工事が始まり、翌月の10日から基礎となる杭打ち工事が開始されました。建築主と工事施工者は協定を順守しましたが、ある日建築主より「マンション敷地内にごみ置き場設置が不可能になったので、町内会のごみ置き場を利用させていただきたい。」との申し出がありました。マンション入居の全世帯に町内会加入の働きかけをすることを条件に、マンション敷地北西部分の道路角をごみ置き場に指定しました

正月が目前となった12月28日に工事関係者が引き上げると、1月半ばに入っても工事は再開されません。早朝の除雪で顔を合わせた役員の間に、なにか変だとのうわさが流れ始めました。2月3日から再開された工事は中断することが多くなり、入居予定の4月に入っても工事は断続しながら続いていました。

1985年頃に始まった平成景気と呼ばれる社会現象はしだいに下火となり、バブルの崩壊は1991年10月ころから始まりました。誰もが直ちにそれを体感したわけではなく、それを認識できずにまた持ち直すかもしれないという期待のほうが多かったようでした。1992年に入ると、楽観的であった建築資材の入手に影響が出始めました。

4月下旬に分譲マンションの広告が流れ、内装が未完成の状態で5月中旬に内覧会が行われました。契約日は平均で約2倍という盛況で抽選が行われ、6月7日の管理組合設立総会で町内会への全世帯加入が承認されると翌日から入居が開始されました

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1-3 町内会費の未納

6月下旬にマンションの管理人が町内会長宅を訪れ、「マンション管理組合の理事長より、町内会の会則と役員名簿、平成4年度の定期総会議案書をいただいてくるよう頼まれました。町内会第15班の班長は理事会で選出されるのでもう少々お待ちくださいとのことです。」と告げ、管理組合と町内会との接触が始まりました。

7月2日に町内会長は管理組合の理事長へ、「第15班の班長の業務ですが、班長が決まっていないそうなので「広報さっぽろ」の全世帯配付をお願いします。ところで、町内会費の6月分が指定口座に振り込まれていませんが、どうなっているのですか。」と督促しました。理事長は「管理会社へ連絡して早急に振り込むよう依頼します。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」と謝罪がありました。

理事長はすぐに管理会社へ電話で送金を依頼しました。7月14日に再び督促を受けた理事長は、管理会社へ「町内会費をすぐに町内会の口座へ振り込んでください。」と依頼しました。しかし、8月4日に再度町内会長より「6月分と7月分の町内会費がまだ振り込まれません。」と督促されて管理会社へ照会すると、明日中に理事長宅へ届けますとの回答がありました

翌日管理会社より「先ほど、町内会費は指定口座へ振り込みましたので2~3日後には入金します。」と電話があり、理事長は町内会長へ報告して謝罪しました

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2 マンションの班

2-1 班長の選出

マンション管理組合の第一回理事会で、町内会の第15班班長をどのように決めるか話し合いがもたれました。初めて顔を合わせた理事は、一つの建物の中に複数の組織ができると連絡調整が難しくなる場合があることを理解しましたが、班長をお願いすると勤務があるので無理と全員辞退されました。他の居住者とは顔を合わせたことがないので頼みようがなく、やむをえず理事長が班長を兼務することとなりました

9月23日に町内会長へ「第15班の班長は、管理組合の理事長が兼任することになりました。」と報告があり、10月27日に「本日配付の理事会報第2号で、全世帯へ町内会の会則と役員名、本年度の事業名をお知らせしました。」と連絡がありました。

更に、「町内会費徴収簿の件ですが、町内会費は各世帯の口座から前払いの自動引き落としになっています。町内会費徴収簿で会員数を把握しなくても、管理会社も管理組合の理事も居住者数を把握しています。変動があったときにその旨を連絡しますので町内会費徴収簿を廃止してよろしいでしょうか。」と問い合わせがあり了承されました。

町内会長から「4階建て8戸の分譲マンション(以下「四階建てマンション」)の班長と同様に、6階建て21戸の分譲マンション(以下「六階建てマンション」)の班長も役員会へ出席」の要請がありました。

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2-2 当時の班長業務

六階建マンションの第15班は、防火壁で区切られた東棟と西棟という二系統になるのため、二つ折りでB4版より少々大きめの回覧板を2枚預かりました。六階から一階への回覧順序を表示して押印欄を設けた「回覧票」を作成し、回覧物が届くと回覧票を添付して東西棟一階のメールボックスへ投函することにしました。

半年ほど過ぎると回覧板はなかなか戻って来なくなりました。試しに回覧した月日を押印欄に記入すると、一ヶ所だけ月日を記入せずに戻ってきたことや、一ヶ月以上も回覧板を保管しているお宅がわかりました。出勤時にメールボックスをのぞき、回覧板が入っているときは「一読してすぐに回覧してください。」とメモ用紙を入れるようにしました。

資料の回覧以外は、4月に小学校への新入学児童氏名の報告、7月末に児童と中学生への七夕祭りお土産券配付、年間5回の役員会へ出席するのが班長の業務でした。

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3 当時の町内会の事業

一丁角の居住者のみという「町内会」の会員は83世帯でも、役員数は20名という大所帯でした。会長と相談役の前会長、会長を補佐する副会長は2名、会計部長は総務部長を兼務されていました。社会福祉部長、衛生部長と副部長、防犯部長と副部長、青少年部長、道路交通部長、婦人部長と5名の副部長、会計監査は2名という組織です。

役員数は20名でも町内会の役員会への参加者は8名程度でした。会長と相談役、副会長1名と会計部長兼総務部長、衛生部長と青少年部長、道路交通部長と第15班の班長以外は顔を見たことがありません。総会議案書に記録されている平成4年度の事業計画は次のとおりです。

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3-1 平成4年度事業計画

総務部関係
 広報さっぽろ・ほっかいどうの配布、会員の弔慰、市区諸官庁・町連・地区社協よりの連絡事項の徹底、掲示板の活用、新生活運動の推進、会館維持運営に協力、その他本会の目的に適する事業

社会福祉部関係
 敬老会への協力、婦人団体への協力、福祉団体への協力、日赤・共同募金実施に協力、老人クラブ・母子団体への協力

青少年部関係
 子供会活動の推進・援助、青少年不良化防止対策、青少年育成委に協力、地区青少年・体協への協力、青少年育成事業(七夕、ラジオ体操、新入学祝金等)

防犯部関係
 防犯灯の維持管理、防犯体制の点検実施、パトロール、火災予防対策

衛生部関係
 側溝等の清掃、春夏秋の清掃実施と指導、定期結核検診の連絡と協力、ゴミステーションの整備・指導、公園に関する事業、廃品回収に関する事業

道路交通部関係
 町内道路の改善促進、路上駐車禁止厳守の指導、除雪に協力・快適な道路の確保、その他交通安全に関する事業

婦人部関係
 定期健康診断医協力、複十字に協力、チャリティに協力、婦人研修会にて研修、交通安全母の会に協力、町内会各事業に協力

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3-2 当時の事業

回覧と掲示板
 連合町内会、社会福祉協議会、警察署、小中学校のたより類は、月一回を原則として各班に配付され住民へ回覧されていました。広報北海道と広報さっぽろ、選挙公報などの公的な配付物は、その都度会長と会計が交替で班長宅を経由して配付していました。公園東側の掲示板はほとんど利用されることはありません。

町内一斉清掃
 町内清掃は春と秋の2回実施され、回覧板で日時の連絡があっても参加者のほとんどは役員です。四階建てマンションと六階建てマンションの町内会役員以外は参加がありません。

七夕祭りの開催
 町内会が設立された年に始まりました。7月の末か8月初めの日曜日に、町内の公園で午後5時から8時までジンギスカンパーティーが行われました。町内の精肉加工所の肉を購入し、バーベキューセットに炭をおこし、ブルーシートを敷いて席をつくりました。参加者を増やす方法として、参加した子どもには袋に入れた100~150円相当のお菓子を配付していました。

公園の清掃当番
 町内の公園は、役員が当番を決めて月交替でゴミ拾いをしていました。軍手と黒いゴミ袋を渡され、ゴミ拾いは一ヶ月に最低4回の実施が義務付けられていました。実際に参加してみると、月に10回でもごみが散乱している状態でした。

ゴミを拾いながら考えました。娘が小さいころはいつも近所の公園で遊んでいました。お菓子やガムなどを公園内へ持ち込み、紙くずをちらかしたかもしれません。娘が利用させていただいた公園を清掃した記憶は一度もありません。幼児期や小学生時代を楽しく遊ばせてもらった公園を町内会役員が清掃していたことを知り、当時は汚れている、汚いとつぶやいていたであろう自分が恥ずかしくなりました。

ごみ置き場の清掃
 ごみ置き場の清掃は、気づいた役員が適宜清掃を行っていました。役員以外に善意で清掃される方もいらっしゃいますが、決められた曜日や時間を守らない賃貸マンションの住人や、他地区から自家用車でごみを投げにくる者は後を絶ちません。

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4 町内会とマンション

4-1 定期総会の開催時期

町内会と六階建てマンション管理組合は年度会計を採用していましたが、会計年度が同じでも総会開催時期が大幅に異なっていました。1992年度総会は、町内会が3月29日で管理組合会は6月16日でした。1993年度総会は、町内会が3月27日で管理組合は7月4日でした。

マンション管理組合の総会が大幅に遅れる理由は、管理会社の会計処理が遅すぎるのが原因です。管理費や修繕積立金は翌月分を当月に前払いで銀行口座から引き落とされていましたが、抜き打ちで監査に出向くと帳簿がそろっていない状態でした

1993年3月27日に開かれた定期総会の参加者は6名でした。共同募金と祭典寄付は寄付を求めるのが大変なうえ目標額に達しない時は役員が自腹を切ったこともあったそうですが、町内会への分担額となっているので不足分は町内会費から支出したいとの口頭提案が承認されました。

第15班の班長より役員会に提案されていた新年会の復活がこの定期総会で承認されました。12月の役員会で「新年会実施案」が承認され、1月23日の18時から町内会館で開催が決まりました。新年会の参加者は少なく、役員7名と六階建てマンション第15班の班長と理事1名が顔合わせを兼ねて参加しました。

六階建てマンション管理組合の定期総会直前に、21世帯のマンションから2名の役員を出すようにと町内会長から強い要請がありました。マンション管理組合の総会で役員が交代することが内定しているので、前理事長が社会福祉部長を受けることになりました。

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4-2 社会福祉部長の業務

町連の社会福祉部長会議へ参加すると、年間事業は「日赤社資募集・敬老会協力・秋の赤い羽根募金」です。日赤の社資は社員のお宅を訪問して集金し、敬老会は婦人部が中心になるので社会福祉部員は毎年待機しているだけと隣にいた方が教えてくださいました。

赤い羽根募金は、町内会の定期総会で総会議案書に載らない口頭提案により町内会負担が承認されています。定期総会参加役員のみが賛成し、町内会員へ周知されたことはありません。

連合町内会主催の敬老の日事業は、連合町内会館へ該当するお年寄りにお集まりいただき、仕出し料理らしきものと飲み物を配付して余興を楽しんでいただいていました。各町内会の社会福祉部長は別室に集められ、振る舞われたお酒やビールを飲みながら時間が来るまで待機しているだけです。飲みすぎて大声ではなす社会福祉部長がいて、余興が聞こえないと何度も注意されることがありました。

日赤社員の戸建お宅を訪問して社資を集金したのち、六階建てマンションの21世帯に「日赤の社資説明文」を配付してから訪問すると、快く社員に応募していただけた世帯が現れました

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4-3 先細りの不安

1993年度は町内会設立20周年に当たり、町内の公園にイチイ(オンコ)の記念植樹が行われました。多くの役員がその事実を知ったのは2~3年後のことで、町内会を設立した古参役員有志の思いつきで記録を残さない運営は将来に影を落とし始めました。植樹されたイチイを15年後に特定することは不可能になっていたのです。

この頃から持ち家居住者の高齢化が心配され始めました。四階建てマンションの住人は町内会役員を兼務している一人のみの参加で、他の居住者は自主管理にも無関心でした。六階建てマンションの住人は、現職の社会福祉部長以外は欠席するようになり、班長も顔を出さなくなりました。分譲マンション建築中に協力者の増加が見込めるとした期待は夢と消え、町内会発足当初より続いていた夏休みのラジオ体操も参加者の減少などの理由で青少年部長は中止しました。

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